■ ■ ■
まだ先、まだ先だと思っていた最後の日の朝になった。
今日で最後か・・・
ボスからおみやげでもらったシャツを着る。(
185参照)
洗面所に行き、鏡の向こうの自分を見た。
ダサい!
よし出発だ。
■ ■ ■
開店時刻の5分前に店へ着いた。
まだボスは来ていないようだ。
店の鍵を開け、OPENのネオンサインを点灯させ、開店の準備だ。
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開店してしばらくしてボスが来た。
「モーニン!ハウアーユー?とうとう最後の日だなぁ。」
「モーニン。ああ、そうだね。悲しいよ。」
「寂しくなるなあ・・・おおこれ。これでよかったか?」
ボスからティムホートンのグリーンティーを支給された。*カナダのドーナツ屋さん
おお気がきくねえ。
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「TAQ!ちょっといいか?話がしたい。」
珍しくボスがかしこまってきた。
「何だよ?」
「お前日本へ帰ってから何をするんだ?おお。そうだったな。で、具体的には何をするんだ。そうか。だが、これは覚えておいてくれ。お前はいつでもこの店へ帰ってくることができるからな。」
「もちろん!これからもずっとつながってるから大丈夫。」
おお。
やっぱりいい人だ。
最初は怒られてばっかりだったなあ・・・
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「ハローTAQ。」
前に何度か店へ来てくれたバーバリーさんが来た。
「ハーイ!バーバリーさん!わぁ~嬉しい!実は僕今日で最後なんですよ。あなたに会えてよかったです。」
「あら~そうなの?あなたがいなくなると寂しくなるわぁ。今日はあなたに写真を撮ってもらおうと思って。でもよかったわ。あなたがいるうちに来れて。」
最後に素敵な夫婦の写真が撮れた。
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ボスが壁にかける棚を持って来た。
「おいTAQ!ちょっと手伝ってくれ。」
と言って新しいプリンタの上に棚を設置し始めた。
インクや紙でも置くのだろうか・・・
背の低いボスを手伝い、
ガラス製のしっかりした棚が完成した。
「よし。強度も大丈夫だな。」
少し離れて腕組みをするボス。
満足そうだ。
そして今度は奥の部屋から発砲で頑丈に梱包された箱を持って来た。
まっまさかそれは・・・
カッターナイフでテープを切り、
箱を開ける。
すると中からヒンドゥーの神様5体セットが出てきた。
でた~!
そしてそれを棚に置き、
電源コードの先にプラグ変換機をつけ電源を入れる。
ピカピカ
おお!
ピカピカの像パート2!
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黒人男性が来た。
「このカードに入っている写真をプリントしたいんだが。」
「いいですよ。じゃあカード貸してもらえる?」
男性からカードを受け取り、プリント注文機のところへ案内する。
しかしここで彼のカードが使えないことに気がついた。
前にさんちゃんが壊れたカードをつまらせて現在使用不能だった。
「ああ。ごめん、このカードは使えないから、パソコンで作業しましょう。こっちへ来て。」
とパソコンの前に案内する。
「これがカメラの中の写真で、このフォルダにプリントしたい写真をコピーしてくれる?こうやってマウスでドラッグアンドドロップでコピーできるよ。ほら。」
「おお。分かった。ありがとう。」
男性はそう言ったものの、動きがぎこちない。
パソコンになれていないのだろう。
こっちは他の仕事があるので自分の仕事を続ける。
しばらくすると電話をしていたボスが彼の隣に来た。
「ほらこうやって"Ctrlキー"を押しながら選ぶと、何枚か同時に選べるよ。そうやると早い。」
おお、珍しく仕事をするじゃないか。
しかしこのパソコンになれていないおじさんにその操作法を教えても大丈夫か?*"Ctrlキー"を押しながらクリックすると複数選択できるが、"Ctrlキー"を押しながらスライドすると複製してしまう。
そして10分後、
「よし。終わった!」
と男性が言うので、
30分後に来るように言った。
よし。
プリント開始だ。
・・・
18枚しかない。
あんなに時間がかかって18枚はないだろう。
200枚以上あると言っていたのに。
彼のメモリーカードのファイルを見てみる。
するとコピーされた写真がカードの中に2000枚以上たまっていた。
意味ないじゃん・・・
■ ■ ■
黒人女性が来た。
「パスポート写真を撮ってちょうだい。」
「うん。OK。」
椅子へ座ってもらい、写真を撮る。
プリンタの前へ行こうとすると、
朝から終始電話をしているボスと目があった。
電話中の彼はいつもおかしな行動をする。
今回は何も頼んでないのに、
「おお、ちょっと待ってくれ。」
とお願いされた。
はあ?
■ ■ ■
奥の部屋で、
薬品類を整理していると、
ものすごい大きな声が店内から聞こえた。
何事かと思ってみると、
車屋のおっさんがいた。(
076参照)
声でかっ!
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タミル人のお姉さんとお母さんが来た。
店内へ入り3mほど歩いたところで、
壁に飾ってあるパイナップル頭の遺影に気がついた。(
065参照)
お姉さんは慌てたようすでお母さんとタミル語で話している。
お母さんは大笑いだ。
お姉さんがボスに、
「これ、彼の許可を得て置いているの?」
と話しかけた。
もちろん無許可だが、
「ああ、彼も知っているよ。」
とボスが愛想良く返事をした。
顔の似ている具合から判断して、
彼女はパイナップル頭の妹だ。
ついにパイナップル頭の身寄りが現れて嬉しい。
引きとってもらえるのかと思ったら、
裏返しにしただけで店を出て行った。
かわいそうにパイナップル頭・・・
■ ■ ■
今日は最後なので店にいてくれるんだなと思っていたボスが、
電話をしながら何事もなかったように出て行った。
■ ■ ■
黒人男性が来た。
パスポート写真の注文だ。
写真の待ち時間の間、
彼は携帯電話で話をしている。
耳を傾けると聞いたことのない言葉だ。
これは新しい国の予感・・・
できあがった写真を見せると、
「おお!これはきれいな写真だなあ。どうもありがとう!」
とフレンドリーだったので、
「喜んでもらえてよかった。ところであなたはどこの出身?僕はジャパンだよ。」
と話しかけた。
「おー!ジャパーン!だからいい写真を撮るんだなあ。俺はアフリカ、ガンビア出身だよ。俺の友達にこの店のこと宣伝しておくよ。じゃあね。」
おお!
やっぱり新しい国追加!
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店がちょっと暇になったとき、
常連さんのパヒーラが来た。(
014参照)
このすごいタイミングに鳥肌が立つ。
というのも、もう3ヶ月ほど彼の姿を見ていなかったので、
店を変えたのかなと思っていたからだ。
「パヒーラ!」
とても優しいおじさん、パヒーラとハグを交わす。
「本当に久しぶりですね。うわぁ本当会えてよかった~。」
「バディ、久しぶり。ここのところ本当に忙しくてねえ。」
「もしかして今日が最後って知ってたの?」
「え?何のこと?」
「あ、じゃあ偶然?いや、実は僕今日でこの店やめるんです。日本へ帰るんです・・・」
「ええ。そうだったのか・・・君に会えてよかったよ。でもバディよく聞け。この国は素晴らしい国だ。絶対チャンスを逃すんじゃないぞ。俺は1989年にこの国へやってきた。最初は本当に大変だった。でもがむしゃらに働いた。そして子供ができ、彼らが大学へ行き、いい仕事についた。今では大きな家を持ち、楽に暮らしているよ。最初は大変だが、そこまでがんばればこの国は天国だ。幸せな暮らしが待っている。いいかバディ、このチャンスを逃すなよ。いつかまた帰って来るんだ。わかったな。」
このタイミングでパヒーラさんの説教を聞き、
いつか本当に戻ってくるのかもなあと思った。
最後はまたハグを交わして別れた。
「いいかバディ、3ヵ月後に会おう。」
いやそれは無理ですと思いながらも笑顔で手を振った。
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「アニキ、コンニチュワ。」
見習いのシャンタンが来た。
「今日でお前の見習い期間も最後だな。明日からこの店を頼むぞ。」
「TAQがいなくなると寂しいよ。」
初めの頃から考えるとシャンタンも随分たくましくなったなあ・・・
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「ハーイTAQ!」
もう一人の従業員、ガーヤとそのダンナのカーナが来た。
「おおガーヤ!俺今日までなんだよ。最後に会えてよかった。」
「ええ今日だったの?そう・・・」
彼女のダンナの写真をプリントし、
ガーヤに渡す。
「君に会えてよかったよ。これからもよろしく。」
と言って手を差し伸べた。
ガーヤも握りかえし、
「私もあなたに会えてよかったわ。でもこれで最後じゃないわよ。あなたはまたここへ来るの。だからさよならは言わないわ。」
と言って店を出て行った。
彼女がいなかったらこの2ヶ月半絶対に店を回すことはできなかった。
ありがとうガーヤ。
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プルルル・・・
電話がかかってきた。
「もしもし?」
「ワースアップ!俺だ。」
おとくいフォトグラファーのトーシンからだ。(
187参照)
「ワースアップ!」
「お前今日で最後だよなあ。ごめんな今日は忙しくて行けそうにないよ。日本での新しい生活にグッドラック!メールくれよな。これからもキープインタッチだ。わかったな。」
「ありがとう。もちろんメール送るよ!facebookも!」
彼にはいつもいい写真を見せてもらい、勉強させてもらったなあ。
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タミル人男性が来た。
「君のボスはどこだ?」
ボスに用事があるようだ。
「ああ今日はもう帰っちゃってねえ。電話しようか?ちょっと待ってよ。はい。かけたから。」
と言って電話の子機を渡す。
1、2分会話をし、子機を渡してくれた。
「今日で君最後らしいな。彼は寂しい、寂しいと嘆いていたよ。」
「そう。今日で最後なんだよ。彼寂しいって言ってた?」
だったら電話しながら帰るなや。
■ ■ ■
プルルル・・・
電話がかかってきた。
「もしもし?」
「ハーイ。あなた今日はいるのね。何時までやってる?」
「8時半までやってるよ。」
「よかった。じゃあ30分で行くわね。」
このガイアナなまりの英語、そしてこの声、多分あのお客さんだ。
■ ■ ■
シャンタンが帰り、
夕方店が暇になった。
「ハロー。」
娘3人を連れたガイアナ人のお母さんが来た。
「ああやっぱり。あなただったんだね。」
この人が最後のお客さんかな・・・
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彼女の写真を一枚一枚校正する。
「ああ、これはもう少し明るくしてちょうだい。これはOK。」
時間はかかるが、指定してもらえるとこっちも助かる。
約100枚の写真の色を校正し終わり、
あとは出来上がりを待つだけだ。
「今日はあなたがいてよかったわ。前回もその前も忙しくてお願いできなかったものね~。」
「ああそうだったね。ごめんねえ。それと実は僕今日でこの店終わりなんだ・・・」
「ええ!なんでよ~!ええ~!せっかくあなたという人を見つけたのに~。あなたの代わりにしてくれる人いる?ボスじゃだめよ。」
「シャンタンっていう若い男が入ったから、写真を持ってきてTAQがしたようにプリントしてって言ってもらえればやってくれるよ。彼はとても親切だから大丈夫。」
「本当に?いやでもあなたがいなくなると寂しいわ~。」
出来上がった写真を渡す。
「やっぱりキレイなプリントね。ありがとう。ああこれでお別れね~。カム。ハグをちょうだい。」
最後はハグをして彼女と別れた。
写真屋の店員にハグしてくれるなんて、
普通じゃないよなあ・・・
ありがとう。
最後のお客さんは彼女たちだった。
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閉店時間になった。
結局ボスは帰ってこなかった。
掃除をし、
プリンタの電源を落とす。
「今日で本当に最後か・・・」
ついつい独り言が出てしまった。
トナーを取り出し、
バケツへ入れる。
何も考えなくても体が覚えていて勝手に動く。
思えば約1年間この作業をしたんだものな・・・
今まで実感がなかったが、
この瞬間に「終わっちゃったんだな。」と思えた。
今までの辛かった事、楽しかった事がどんどんよみがえってくる・・・
眉間にすごく力が入り、
目と目の間が熱くなってくる。
ぽとっ
ぽとっ
トナーを取る手に涙が落ちてきた。
「俺泣いてる?」
自分で泣いているというよりも、
魂が泣いているような、
心の底から出てくる涙のように感じた。
トナーを入れたバケツを持ち、
まるで小学生のように、
腕で目をぬぐいながら奥の部屋へ行く。
「明日からこの店の店員じゃなくなるんだ・・・」
そう思うと余計に泣けてきた。
バケツに水を入れながら、
レジの清算を始める。
泣きながらレジのお金を数えている人を見れば、
誰だって怪しいと思うだろう。
早く泣きやまねば。
焦るがなかなか涙が止まらない。
そして全ての片付けが終わった。
「ありがとう。」
お店へそう言って、
鍵を閉めた。
TAQお疲れ様。